東京地方裁判所 昭和47年(行ク)33号 決定 1972年8月07日
申立人 中伝産興株式会社 外一名
被申立人 東京都知事
主文
本件申立てを却下する。
申立費用は、申立人らの負担とする。
事実及び理由
一 本件申立ての趣旨および理由は、別紙(一)記載のとおりであり、これに対する被申立人の意見は、別紙(二)記載のとおりである。
二 疎甲第一ないし第三号証、第六、第七号証の各一ないし三、第八、第九号証の各一ないし四、第一〇号証、第一五号証の一ないし四、第一七、第一八号証の各一、二および第一九号証を総合すると、申立人らは、港湾運送事業法による免許を得て筏運送事業を営むものであつて、一級河川竪川の河川法上の許可権者である各区長の許可の下に、申立人中伝産興株式会社(以下「中伝産興」という。)は、江東区大島七丁目一三番地先の面積一、〇〇〇平方米の水面につき河川法二三条、二四条および二六条の規定による占用許可を得、また、申立人有限会社谷川組(以下「谷川組」という。)は、株式会社実川商店が同法条による占用許可を得た墨田区江東橋五丁目一一番一号の面積四〇〇平方米の水面につき同商店の管理者として、それぞれこれを木材筏の繋留場(以下「貯木場」ともいう。)として占用していたところ、昭和四三年春、首都高速道路公団(以下「公団」という。)が竪川上に高速七号線を高架で建設することとなり、その工事期間中筏木材の繋留場を他に移転する必要が生じたため、公団の斡旋により、申立人中伝産興は昭和四三年五月一日以降別紙(一)中の第一物件目録記載の水面につき、また、申立人谷川組は同年七月一日以降同第二物件目録記載の水面につき、それぞれ竪川の前記各水面の代替水面として、許可権者たる江東区長および江戸川区長より右道路工事終了までの占用許可をうけて、一級河川旧中川に筏の繋留場を移転し、以後数回にわたり許可の更新を受けて、右水面ないし、これを越える後記四の各水面を占用してきたが、江東区長および江戸川区長は、公団の前記工事の終了後である昭和四六年二月二八日以降は、申立人らの竪川への復帰を求め、旧中川の占用許可の更新をしていないこと、そして、被申立人は、昭和四七年六月二四日付原状回復命令書で、申立人らに対し、旧中川の前記各占用水面に存する繋留杭および原木(筏)一切を撤去して河川を原状に回復するよう命令し、さらに、同年七月一九日付戒告書で、申立人らに対し、行政代執行法三条一項に基づき右同旨の原状回復をするよう戒告した(以下、この一連の手続を「本件代執行」という。)ことが認められる。
三 申立人らは、右原状回復命令は違法であるとして、その取消しを求める本案訴訟を当裁判所に提起し、右本案判決の確定にいたるまで本件代執行手続の続行の停止を求めている。
そこで、まず、被申立人の代執行手続の続行によつて、申立人らに回復の困難な損害を生じるか否かについて検討する。
1 なるほど、疎甲第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし六、第一四号証、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二、第二一号証、第二三号証の一ないし四を総合すると、申立人らの営業は、港に船で運ばれてきた木材を筏に組んで、これを貯木場に回漕し、同所に筏を繋留して保管し、さらに顧客の要求によりこれを搬出することを主たる内容とするものであるから、申立人らが営業を継続するには貯木場が必要、不可欠であること、申立人らが復帰すべきものとされる竪川における従前の占用水面は、前記の道路工事の結果、高架道路の二本一組の橋脚(その横の間隔は一〇米)が河川上に縦に二九・六米間隔で連なつて立つているため、従来どおりの四米ないし五米幅の筏を回漕する際には二組の筏が円滑にすれ違うことが困難な状況にあり、かつ、前記の橋脚の縦の間隔からして長さ約二五ないし二八米の筏をそのまま橋脚の間の岸壁寄りに繋留することはできず、これを解体して繋留し、搬出の際に再び筏に組むという作業が必要となり、申立人らの営業にとつて不便を来たすことが認められ、したがつて申立人らが旧中川における前記水面から筏等を撤去されて、竪川の従前の水面において営業を再開する場合には、両水面の面積の著しい差異および竪川における橋脚の存在に起因して、営業上相当の損害を受けるであろうことが推認される。
しかし、竪川が前記道路工事によつて以前よりも浅くなり、筏運送上の支障を来たしているとの申立人らの主張事実は、これに符合する疎甲第一七号証の一、二の記載内容は、疎乙第四号証の一ないし五と対比して信用できず、他にこれを認めるに足りる疎明資料はなく、かえつて、疎乙第四号証の一ないし五、第五号証の一、二および第一二号証によると、竪川は道路工事完了後浚渫された結果、舟や筏の通行に格別の支障がないことが窺われる。
2 他方、疎乙第一二、第二三、第二六ないし第二八号証および本件の全趣旨によると、申立人らを含む竪川上の筏業者は、道路工事開始前昭和四二年九月一四日の公団の事業説明会において、公団に対し工事後の高速道路の橋脚が筏の繋留、操業に及ぼす影響を最少限にするよう要求したので、公団は、当初標準構造で計画していた橋脚幅およびスパン割り(橋脚の縦の間隔)を再検討し、不揃いの橋脚位置を一直線に整え、橋脚幅を一〇米にするとともにスパン割りも約三〇米を確保するよう計画を変更し、同年一〇月三〇日に右計画につき筏業者の了解を得たうえで工事を行なつたものであること、また、申立人らは、右工事完了後は速やかに竪川の従前の水面に復帰して、旧中川上の前記水面を明け渡すことを確約したうえで、旧中川上の前記水面の占用許可を与えられたものであつて、右工事完了後には旧中川の前記水面のような広大な水面を維持することはできず、したがつて、営業規模もその時点までに竪川における営業に適合する程度に縮少すべきことを充分了承していたこと、さらに、竪川は、前記道路工事後筏の繋留の困難になつた箇所も一部あるが、大半は繋留可能であつて、舟の通行には支障がないので、既に相当数の同種業者が工事後も竪川の水面において営業を続けており、申立人らも許可申請さえすれば、竪川の従前の水面について占用許可を得られる筈であることを認めることができる。
3 以上疎明された事実によれば、申立人らは、その意思さえあれば、竪川における従前の水面において他の同種業者と同様に営業を継続することができないわけではなく、その場合前記のような営業上の不便を余儀なくされ、相当の経済的損害を受けることがあるとしても、このような損害は結局金銭賠償が可能なものであり、回復困難な損害があることについて、その疎明がないことに帰する。
四 以上のとおりであるから、申立人らの本件執行停止の申立ては、すでに理由がないこととなるが、さらに、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあること、以下説明するとおりである。
疎乙第九号証、第一三号証の一ないし三、第一四号証、第一五号証の一ないし八、第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証の一ないし四、第二五号証の二ないし五を総合すると、申立人らが現在木材筏の繋留場として使用している旧中川の流域は、江東区、江戸川区、墨田区の三区にまたがる人口密度の高い地域であるが、その大部分がいわゆる「ゼロメートル地帯」と呼ばれる海抜〇米以下の低地帯であつて、中には満潮時に旧中川の水面下二米以下になる地域も含まれているので、かりに旧中川の護岸堤防が決壊した場合には、付近一帯(約一〇平方粁余)が水没し、多数の人命、財産が危険にさらされることが予測される(現に昭和二四年八月末のキテイ台風襲来の際には旧中川の護岸が決壊し、付近一帯は一週間以上にわたり浸水し、鴨居付近まで水没した家屋も多く、住民は大きな被害を蒙つた)こと、ところが、旧中川は護岸延長一万〇七二〇米、川幅約八〇米と、いわゆる江東三角地帯内の河川中とくに川幅が広いうえ、南北に曲りくねつて流れているため台風などの風波による影響が大きく、また、その流域は地盤が軟弱であるとともに、地下水の汲み上げ等によつて年々地盤沈下を来たしているため、随時護岸堤防の補強嵩上げを行なつた結果、護岸の強度が低下しているので、台風のみならず地震により決壊する危険もあること、さらに、旧中川の護岸は、竪川のそれと比較しても、地盤沈下の程度がより大きく、耐震性において劣り、川幅、流れの方向の点からも風波の影響がより大きく、護岸背後の地盤も平均してより低いことなどの点から、総合的に安全性がより低いことが認められる。
ところが、疎乙第九、第一六、第二〇号証によると、申立人らが貯木場として占用している箇所は、申立人中伝産興において七箇所、四万二五六五平方米(旧占用許可水面は六箇所、一万五一一〇平方米)、申立人谷川組において一箇所、七一三〇平方米(旧占用許可水面は一四四〇平方米)に及び、筏を組成する木材も直径一・七米、長さ一〇米、重さ二〇トンに及ぶものも含まれていて、風速毎秒二五米程度の強風が吹き、それに伴つて発生する波により繋留中の筏が護岸に衝突したときは、大半の護岸堤防が損壊する危険が高いことが認められる。のみならず、前記事実と疎乙第一五号証の一ないし八、第一九号証の一を合せ考えると、台風、地震等により旧中川の護岸が決壊した場合には、前記のように流域一帯が洪水による被害をうけるばかりでなく、前記のような巨大な木材が同時に流出し、人身、財産に危害を加えることが予測される。そして、疎乙第一七号証の一、二、第一八号証の一ないし四、第二五号証の一ないし五によると、旧中川流域の住民が再三にわたり都や区に木材筏の撤去方を要請ないし陳情し、江戸川区議会においても繰返し旧中川における木材筏の除去の問題が質議され、区長が善処方を強く迫られてきたことが認められる。
以上の事実からすれば、本件執行停止が認められると、申立人らが旧中川の前記水面に繋留している木材筏が台風等の際に護岸を損壊して洪水をもたらすことにより、或いは、台風や地震等によつて決壊した護岸からこれらの木材が流出することにより、付近の住民の人身、財産に危害を与える危険が充分あり、しかも、このような公益上の危険は、本件代執行を続行した場合における申立人らの経済的損害に比して僅かに重大であつて、結局、本件執行停止により公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることは明らかというべきである。
五 以上のとおり、本件執行停止の申立ては、いずれにせよ、爾余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰するから、却下することとし、申立費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)
(第一、二物件目録省略)
別紙(一)
申立の趣旨
申立人らと被申立人との間の東京地方裁判所(行ウ)第一一一号事件の本案判決の確定に至るまで、被申立人が昭和四七年七月一九日四七建河管第六二二号の二をもつてなした申立人等に対する戒告に続く行政代執行手続の続行を停止する
との裁判を求める。
申立の理由
一 申立人等は、港湾運送事業法による免許を得て筏運送事業を営むものであり、木材筏のけい留場(通称、貯木場)として河川法第二三条第二四条第二六条に基き河川管理者の許可を得て河川区域内の水面を占用しているものである。
二 申立人等は、一級河川竪川の右河川法の許可権者である区長の許可のもとに、左記のとおり同河川区域内の水面につき水面利用権を得てこれを木材筏のけい留場として占用していた。
(一) 申立人 中伝産興
江東区大島七丁目一三番地先
面積 一、〇〇〇平方米
(二) 申立人 谷川組
江東区江東橋五丁目一一番一号
面積 四〇〇平方米
三 ところが、首都高速道路公団(以下単に公団という)が竪川上に高速七号線を高架で建設することとなり、その建設工事が、昭和四三年春より開始されることとなつた。右工事は、竪川内に橋脚を立てゝ行うものであつたので竪川を木材筏のけい留場として使用したまゝの状態で工事を行うことは不可能であつたため、公団は申立人等に対し、工事期間中木材筏のけい留場を他に移転してほしい旨申し入れ、公団の幹旋により申立人等は前記竪川区域内より一級河川旧中川にけい留場を移転することとなつた。
四 申立人等が右移転によつて占用することとなつた旧中川の河川区域内の場所は、申立人中伝産興については、別紙第一物件目録、申立人谷川組については、同第二物件目録記載の河川区域であり、いずれも竪川の代替水面として許可権者(江東区域内については江東区長、江戸川区域内については江戸川区長)より占用許可をうけたものである。
しかして、右許可による占用期間は、右全河川区域につき、当初は昭和四三年五月一日より同四四年三月三一日迄であつたが、その後四五年三月三一日迄、次いで同年一〇月三〇日迄、更に四六年二月二八日迄と順次更新された。しかしその後の更新については、申立人等の許可申請にも拘らず許可権者である江東及び江戸川区長は許可不許可の処分をしないまゝ現在に至つている。
五 申立人等は、旧中川の前記各河川区域内において、昭和四三年五月一日以降、木材けい留のためのけい留杭を設置して水面を木材筏のけい留場として使用しているが、被申立人は申立人等に対し昭和四七年六月二四日付原状回復命令書(四七建河管第六二二号)をもつて、前記各河川区域内に存するけい留杭及び木材筏一切を撤去して河川を原状に回復する旨の命令を発し、次いで同年七月一九日付四七建河管第六二二号の二をもつて、行政代執行法第三条第一項に基づく戒告をなした。しかしながら右原状回復命令および戒告は違法であり、その理由は次に述べるとおりである。
(一) 被申立人は、前記道路工事が昭和四五年一〇月に終了したので申立人等を竪川に復帰させることを前提として申立人等に対し、旧中川の前記各河川区域について原状回復命令を発しているものである。
しかしながら右道路工事の結果、竪川の状態は一変しこれを木材筏のけい留場として使用することは極めて困難な状態になつている。即ち、竪川内には左右二本の橋脚が縦に連なつて立てられており、左右の橋脚の間隔は一〇米、縦に連なる橋脚の間隔は二九・六米で岸壁と橋脚とは間隔は六・六米しかない。一方木材筏は、通常巾四乃至五米、長さ二五乃至二八米位に組まれているため(その程度の大きさがもつとも効率的である)、左右二本の橋脚の間を曳舟にひかれて二組の筏がスムースにすれ違うことは極めて困難であり、また縦に連なる橋脚の間を入つて岸壁側にあるけい留杭に筏をけい留するには筏の解体、仕分という作業を必要とし更に木材を搬出するにはこれを筏に組み直さなければならず、その作業には長時間を要して到底工事前の比ではない。
しかも道路工事の結果、全体として竪川の河底が浅くなつたため筏の回漕時間が満潮時に限られるが他方地盤沈下に伴う橋桁の沈下により満潮時には曳舟が橋桁につかえて筏の回漕ができないという事態も生じている。
このような事情を考えれば申立人等が、竪川を木材筏のけい留場として使用することは到底不可能といわねばならない。
(二) 旧中川への移転は、道路工事完了後竪川に復帰することを前提としていたものではあるが、その復帰は、あく迄も竪川が木材筏のけい留場として道路工事前と同様に使用できることを条件としているものであつた。このことは、公団が旧中川への移転に伴う損失補償のみを行い、竪川復帰後の使用困難による損失補償を全くしていない事実をみても容易に首肯しうるところである。しかりとすれば、申立人等の旧中川の水面占用権は前記条件の成就を解除条件とするものであり、その条件が成就しない限り申立人等の占用権は失われないものである。したがつて本件においては更新の許可の有無は申立人等の占用権の消長とは全く関係ないものといわねばならない。そして前記のとおり竪川の使用が極めて困難であり、これを工事前と同様に使用することが不可能である以上、申立人等は更新の許可の有無に拘らず旧中川の本件各河川区域についての水面占用権を依然として有するものといわざるを得ない。
よつて、申立人等の右権利の消滅を前提とする被申立人の原状回復命令および戒告は違法である。
(三) 次に本件各河川区域については、竪川の代替としての性格はあつたとしても、元々許可権者である江東区長及び江戸川区長が公共の福祉と河川の適正利用を図るという河川法の趣旨に則り、占用を許可したものである。即ち、右許可は右河川法の趣旨に則して適切であるとの判断のもとになされたものである。
ところで、旧中川については、最初の許可がなされた昭和四三年五月当時に比較して河川の状態が変化し、河川管理上新たな障害が生じたなどという事実は存在せず、最初の許可時と現在との間に河川管理上何らの差違は認められないのである。一方、申立人等は占用許可に基いて、昭和四三年五月一日以降右河川区域を占用してここを基盤として、経済的活動を行つているものである。しかりとすれば、河川管理上新たな障害が生じたなどという事情の全く存在しない本件について、河川管理者が更新の許可を与えない理由はありえないはずである。同一の状態にある河川についてその占用が或る時は前記河川法の趣旨に合致するが、或る時はそれに違反するなどということはありえないからである。かかる意味において、被申立人が更新許可を与えず原状回復命令により一方的に申立人等の権利(水面占用権)を奪うことは、行政庁の自由裁量権の範囲を逸脱したものというべきであり、右命令は違法な処分といわざるをえない。
(四) のみならず、本件原状回復命令は、憲法第二九条第三項にも違反するものである。
すなわち既述のごとく申立人等は竪川において、昭和三八、九年頃より河川法第二三条第二四条第二六条の許可を得て水面を占用するものであるところ、同河川上の公団施工にかかる高架道路工事のため、工事期間中、代替として旧中川における前同様の許可を得たものであり、該道路工事は、昭和四五年一〇月完了したが右竪川は現状において申立人等が復帰使用することが不可能な状況にあることは縷述したとおりである。
しかるに被申立人は、旧中川における申立人等の水面占用権について一方的に更新の許可を与えないことによつて右権利は消滅したとして河川法第七五条第一項の河川管理者の監督処分たる本件原状回復命令により、申立人等の占有使用を排除しようとするものであるが、該命令は旧中川における申立人等の水面占用権が右の竪川の水面占用権の補償として申立人等に与えられたものである以上、結果として申立人等が竪川において古くより継続して有していた水面占有権を侵害する結果となることは明らかである。
けだし、申立人等が竪川の使用を中止したのはあくまで工事期間中、旧中川を代替的に使用できること、更に竪川に復帰しうることを河川管理者が認めたからであつて、申立人等はいわば竪川についての水面占用権を現在も潜在的に有しているものであり、現在の時点において本件原状回復命令が実行されるときは申立人等が竪川について有する右水面占有権を喪失する結果となるからである。
申立人等の水面占用権が、河川法第二三条の流水占用の特許にもとづくものである以上、申立人等の水面占用権が所謂財産権(特殊な性格を帯有するものであるとしても)に当るものであるということは云うまでもない。しかして、財産権を公共のために用いるには正当な補償を要することは憲法第二九条第三項の明定するところであるから、本件のように何らの補償等の条件なしに原状回復を求める処分は、憲法の右条項に違反するものといわねばならない。
以上により、被申立人のなした本件原状回復命令は違法違憲の処分であることが明らかであり取消さるべきものであるので、申立人等はその取消を求めるため御庁昭和四七年(行ウ)第一一一号事件をもつて本件原状回復命令の取消を求める本訴を提起した。
六 ところで、本件原状回復命令が執行せられ、乃至は、これを前提として行政代執行が行われるときは、申立人等はまさに回復することの著しく困難な損害を蒙るに至ること明白である。
すなわち、申立人等はいずれも木材筏の貯留を主たる業務としている筏業者であつて、昭和四三年四月まで竪川において、それ以後は旧中川の水面を占用して営業をなして来たものである。
したがつて、その業務の性格上、申立人等の営業は前記水面の利用に依存するところ極めて大でありその実情は概ね次のとおりである。
(1) 申立人中伝産興につき
同申立人の昭和四五年一一月一日より同四六年一〇月三一日迄の決算によれば、右一年間の同申立人の純作業料収入は金二億二百三二万六百六三円であるが、その中旧中川の使用による収入の占める割合は七三パーセントに達している。
(2) 申立人谷川組につき
同申立人の昭和四五年八月一日より同四六年七月三一日迄の決算によれば、右一年間の同申立人の売上(作業料収入)は金六千九百四〇万七千一七六円であり、その中旧中川の使用による売上は約五〇パーセントを占めている。
右にみたとおり、申立人等が旧中川の水面利用に依存する割合は極めて高いのであり、それ故仮に本件原状回復命令が執行されんか、申立人等の営業は右の企業の性質よりして継続困難となり、ひいては倒産の結果を招来するであろうことは自明である。
更に本件原状回復命令には、来る七月一八日までに履行すべき期限が付されており、しかも行政代執行法による代執行をなすべき旨の戒告がなされている。
よつて、本件原状回復命令の効力を停止せずんば本案訴訟の結果、本件原状回復命令が取消されるに至つても申立人等は、競争の激しい当該業界において多年継続して来た顧客を失い、企業の存立は望むべくもない状況に追い込まれることとなり、その結果申立人等の蒙るべき有形無形の損害は、とうてい回復することはできないものであるので本申立に及ぶ。
七 なお、被申立人が原状回復命令書に表示している対象河川区域中には、申立人等が占用許可をえている河川区域とその場所についての表示が異つているものがあるが、同命令書に添付されている図面の表示によれば、申立人等が占用許可をえている別紙第一、第二物件目録記載の各河川区域が、右対象区域に含まれていることが明らかであるので、申立人等はその部分についての命令の効力の停止を求めるものである。
別紙(二)
意見書
意見の趣旨
本件申立てを却下する
申立費用は申立人らの負担とする
との決定を求める。
却下を求める理由
第一事件の経緯
一 申立人中伝産興株式会社について
(一) 申立人中伝産興株式会社(以下「申立人中伝」という。)は、昭和三八頃から河川管理者たる申立外江東区長の占用許可を得て、江東区大島七丁目一三番地先の一級河川竪川の公有水面一、〇〇〇平方メートルを占用してきた。
(二) 申立外首都高速道路公団(以下「申立外公団」という)は、昭和三四年一二月四日建設省告示第二、三二三号(事業変更昭和四四年四月一五日建設省告示第一、四五八号)をもつて事業決定された、首都高速道路第七号線を築造することとなつた。右道路の一部は竪川の河川区域内に橋脚(二本ずつ並行して築造される)を立てて築造されるものであつた。
(三) 申立外公団は工事に先立ち申立外江東区長の占用許可を得て竪川の公有水面を使用している(港湾運送事業法第三条第五号の第五種免許を得ている)筏運送業者ら(以下「業者ら」という。)に対し工事に支障となるからと筏の撤去方を申し入れたが、右業者らから代替水面を要求されたので、昭和四二年八月八日付で都及び区に代替水面のあつせん方を依頼してきた。
そこで、被申立人は河川管理事務を所管する関係区長と協議したうえ、旧中川に一時的な代替水面の占用許可をせしめることとした。
占用許可の方針は、(1)代替水面の許可面積は原則として既占用面積の範囲内に限る(2)許可期限は竪川における首都高速道路の工事完了までとする(3)水面の利用に支障をきたさないようにする、というものであつた。
(四) 申立外江東区長は申立人中伝の許可申請にもとづき、江東区亀戸九丁目二〇〇番地先の旧中川の公有水面五六〇平方メートル(占有期間昭和四三年五月一日から昭和四四年三月三一日)及び同区同町九丁目三二九番地先の旧中川の公有水面二〇〇平方メートル(占用期間昭和四三年五月一日から昭和四四年三月三一日)を、首都高速道路七号線の築造工事完了後は直ちに竪川へ復帰するとの念書(乙疎第二号証)を徴したうえで、竪川工事中の代替水面としてそれぞれ占用許可をした(乙疎第三号証の八~一一)。
また、申立外江戸川区長は、申立人中伝の許可申請にもとつき、竪川の代替水面として江戸川区小松川二丁目一一八番地先の旧中川の公有水面六〇〇平方メートル及び江戸川区平井四丁目二〇三七番地先の旧中川の公有水面一九、七〇〇平方メートル(昭和四四年四月一日からは一三、七五〇平方メートル)の占用許可(占用期間はいずれも昭和四三年五月一日から昭和四四年三月三一日)をした(乙疎第三号証の一~七および一二)。
右区長らは、以後三回にわたり占用許可更新の手続を行なつたが昭和四六年二月二八日の占用期間満了後は更新をしいない。
なお、申立人中伝は、申立外錦系堀製材所株式会社が旧中川に占用許可を受けた江東区亀戸八丁目二二番地先の公有水面をも河川管理者の許可なく使用していた。
(五) ところで、申立外公団は、旧中川への移転に際し、申立人中伝に対し輸送経路変更による経費増(代替水面への輸送費と竪川への復帰の際の輸送費を含む)として第一回七七八、六八〇円第二回一一三、三〇〇円をそれぞれ補償している。
そればかりでなく、申立外公団は工事施行に際し、工事完了後の竪川の状況を説明したところ、申立人中伝を含む業者らから、申立外公団の設計どおりであると竪川復帰後その利用が困難になるとの申出があつたので、申立人ら業者の要望を容れ、設計変更をして工事を完了したものである。
また、工事完了後の昭和四六年一月頃から同月三月頃にかけて業者らの要望により申立外公団は竪川の浚渫工事を行ない、水深を増大させ従前より利用し易くなるような手段を講じているのである(乙疎第四号証の一~五)。
(六) 昭和四六年二月二八日の占用期間満了のころより、申立外各区長らは勿論のこと、申立外公団も申立人中伝らに対し、道路築造工事が完了したので、許可条件に従い早急に竪川に復帰するよう再三申し入れた(乙疎第五号証の一~二、乙疎第六号証)。
そして、これら業者のうち増沢合板株式会社は、右申し入れに従い、江東区大島九丁目七番地先外五ケ所の竪川に申立外江東区長の占用許可を得て、営業を継続している。
(七) ところで、申立人らは申立外区長らの申し入れを拒否し、依然として旧中川を不法に占用しているので被申立人は昭和四六年八月三日及び同年八月二三日の二日にわたり、竪川復帰を強硬に申入れたところ、申立人ら業者は、八月末日までに撤去する旨を確約した。
しかし、申立人ら業者は右の約束に反し、その後も依然として不法占用を継続しているので、被申立人は昭和四六年九月七日付で申立人中伝をはじめ三業者に対し、旧中用の占用部分の原状回復を命じたが、申立人中伝はこれに従わなかつた。
そこで、被申立人は昭和四七年六月二四日付で申立人中伝ら四業者に対し河川法第七五条の規定にもとづき、再度原状回復命令を行なつたものである。
二 申立人谷川組について
(一) 申立人有限会社谷川組(以下「申立人谷川組」という。)は、従前竪川内に河川法にもとづく占用許可を受けていた事実はないが、たまたま、申立外墨田区長の管理する墨田区江東橋五丁目一一番地先の竪川内の公有水面の占用許可を受け占用していた申立外株式会社実川商店(以下「申立外実川」という。)から、「申立外実川が占用許可を受け使用していた水面の一部は申立人谷川組が管理していたものであるから申立人谷川組に対して旧中川の占用許可をして欲しい」旨の願書が申立外江戸川区長に提出された(乙疎第七号証)。
(二) そこで、申立外江戸川区長は申立人谷川組に対し、申立外公団の工事完了までとする許可条件を付したうえで江戸川区逆井二丁目一二六番地先の旧中川内の公有水面二、八八〇平方メートル(昭和四四年四月一日からは一、四四〇平方メートル)の占用許可をした(乙疎第八号証一~七)。
その後工事完了後申立外実川は従前占用許可を受け使用していた竪川の公有水面の部分を墨田区長からあらためて占用許可を得て使用している。しかし申立人谷川組は、申立外江戸川区長の申入れを拒否し、許可条件に反し、旧中川を不法に占有している。
そこで、申立外江戸川区長は申立人谷川組に対し、旧中川の占用部分を原状に回復するよう要望したが、これに応じないので、被申立人は昭和四七年六月二四日付で申立人谷川組に対し河川法第七五条の規定にもとづき、原状回復命令をしたのである。
第二本件処分の適法性
一 申立人らは本件処分の違法理由として(1)竪川の状況が工事前に比較して極めて悪いこと、(2)河川管理者が占用許可を与えないのは裁量権を逸脱していること、(3)憲法二九条第三項に違反していること、等を挙げているが、これらの主張は次に述べるとおり、いずれも失当である。
二 竪川の状況について
(一) 竪川は巾員約三〇メートルの一級河川であつて、東は旧中川に通じている。申立外公団の工事後は河川区域内に橋脚が一定間隔で立つており工事前と幾分状況を異にしていることを認められる。
しかし、前述したとおり、この橋脚の位置は申立人らを含む業者から、復帰後竪川を利用する場合、最も効果的に利用出来るものとして要求があつたとおりに設計変更した結果、決定されたものである。しかもすでに述べたとおり申立外公団は浚渫を行ない、筏の運行に便利になるよう計つているのである。
したがつて、従前に比していくばくかの不便さがあるとしても通常の業務をするのにはなんら支障はないのである。
このことはすでに工事期間中他の河川を代替水面として利用してきた業者が、順次改めて竪川を管理する区長の占用許可を受け、竪川において業務を支障なく行なつていることからも明らかである。その数は約一四社、二一ケ所に及んでいる。
(二) そもそも申立人らは竪川においても、旧中川においても、占用許可面積をはるかに越えて(乙疎第九号証および乙疎第二〇号証)、広い面積をほしいままに利用してきたのであつて、旧中川の現状についてみると場所によつては、旧中川の公有水面の巾員の八割にも及ぶところがある。ちなみに申立人中伝の旧中川の占用許可面積は、合計一五、一一〇平方メートルであるのに、現実の占用面積は実に四三、三〇〇平方メートル、申立人谷川組は占用許可面積一、四四〇平方メートルに対し現実には七、二〇〇平方メートルも占用するという甚だしい違反ぶりであつて、いずれも許可面積の数倍に達する面積を勝手に利用しており、場合によつては水路の運行を妨害することさえ考えられる。
申立人らが竪川の利用の不可能を論ずるのは、右のような不法占用部分の面積を含めて竪川を利用しようとするからに外ならない。
なお、申立人らは旧中川の占用許可が当然更新されて然るべきだとの意味のことを主張しているが、占用許可の存在した時期からすでに右のように許可条件を大巾に逸脱した違法の占用をほしいままにしていたのであり、本来その当時において占用許可条件違反により占用許可を取消されても仕方のない状態であつた。従つて、この一事からだけでも河川管理者が許可を更新しなかつたのは当然の措置であつたというべきである。
(三) かりに、申立人らが竪川内に占用許可を受け、利用するとした場合、許可条件を遵守して利用するならば、従前に比して作業等になんら支障はないのである。
三 占用許可について
(一) 公有水面の使用権は河川法に基づき、河川の水面の利用を目的とする、管理者たる区長の占用許可によつて発生した行政財産の特許使用権である。ちなみに特許の場合にあつては、一般に相手方の出願に基づいてなされるものであり、都にあつては、河川区域内の公有水面の占用許可申請は、東京都河川法施行細則の定めるところにより、文書をもつてなされることになつているが、申立人らは、この手続をしていないのであるから、申立人らの主張のように区長らが、許可、不許可の処分をしないのは当然である。
(二) (一)で述べたとおり河川の使用関係は公法上の使用関係であり、河川管理者たる行政庁は使用権者に対し優越的な立場に立つ一方、使用権者は公益優先の観点から種々制約をうけることはいうまでもない。
そして、都内の河川について筏のけい留の場合の占用期間は、建設事務次官通達により定められた東京都河川法施行細則にもとづく許可方針内規(乙疎第一〇号証)により、原則として一年とされているが、このように占用期間を短期にしているのは、河川の利用が道路にも比すべき強い公益性を有することにかんがみ、公益上の必要が生じた場合に、短い期間の満了をまつて速やかにかつ円滑に事態に即応出来るようにするためにほかならない。
なお、筏のけい留については、東京都水上取締条例にもとづいて定められた水面使用許可取扱要綱に規定がある(乙疎第一一号証)。
(三) ところで、本件の場合申立人らは申立外公団の工事完了までを代替水面の一時占用期間とすることを、当初から了承しているのであるから、申立外公団の工事完了後に到来する占用期間の満了とともに、本件使用関係は消滅したものである。
(四) また、申立人らは旧中川について占用権を有する旨を主張するが、占用権は許可申請にもとづき行政庁の許可を得て、初めて発生するものであるところ、申立人らは占用期間満了後は占用許可を得ていないのであるから占用権を有するはずがない。
四 憲法第二九条第三項について
前述のとおり、旧中川の公有水面の占用許可にあたつては申立人らは当初より申立外公団の工事完了までという期限を承知していたものであり、かつ行政庁は公益上支障なければ許可更新するが、行政庁が公益上支障あると認めたときは許可更新をしないことができるのであるから、本件の場合許可期間の満了により、占用権は当然に消滅したものである。
このような場合に、公共団体が旧占用権者に対して補償するいわれがない。
なるほど、申立人らの主張のように占用権は一種の財産権であるが、すでに述べたように申立人らの占用権は消滅しているのであつて、申立人らの占用は不法占用であることは明らかであつて、このような場合にまで、補償することは憲法二九条の予定するところではない。
ちなみに、申立外公団が申立人中伝に補償金を支払つていることはすでに述べたとおりである。
五 以上のとおりであるから、本件処分はなんら違法ではなく、適法正当である。
第三本案には理由がない
以上述べたとおり、被申立人東京都知事が申立人らにした本件処分は適法であるから申立人らの主張は本案について理由がない。
第四本件は、「回復困難な損害およびこれを避けるため緊急の必要があるとき」に該当しない。
1 被申立人が本件是正命令を発するに至つたのは、すでに第一事件の経緯において述べたごとく、旧中川の護岸が脆弱であるため、巨大な木材を本件区域にけい留することが、いつたん有事の際に極めて危険であることに基づく、被申立人は申立人らに対し、昨年以来再三再四にわたり警告を発しており(乙疎第一二号証)、かつ本件処分と同趣旨の処分をもつて、けい留木材の撤去を命じていたものである。したがつて、申立人らは本件場所からけい留木材を撤去する余裕は過去において充分に有していた。しかも、被申立人が行政代執行をする場合には、行政代執行法第三条第一項にもとづき、文書で戒告をなし、更に、申立人において是正に応じない場合には同法同条第二項により代執行令書を発布するなどの所要手続を経たうえ行うものである。申立人らは、被申立人の発布した本件是正命令書をもつて是正命令と代執行の戒告とを同時に発布したものと誤認し(申立人らの執行停止申立書六―同申立書八枚目表、後から四行目)、申立人らがみずから本件木材を撤去するいとまがない旨の主張をするごとくであるが、かかる誤認にもとづく申立人らの主張が本件執行停止を求めるべき緊急性の理由にはなり得ないことは、前述の事情から明らかであるといわなければならない。
なお、申立人ら自身、本件是正命令の効力の停止を求めるべき緊急の必要性を感じていないことは、昨年九月七日付で、被申立人が申立人らに対し是正命令を発布したのにかかわらず、申立人らは何らの異議も申立てていないこと、(被申立人は右命令発布後、台風シーズンを過ぎて、一時的に危険性が減少したので、直ちに強制的措置をとることを見合わせていたものである。しかるに、その後も申立人らは一向に誠意ある態度を見せず、時期的にも再び危険な季節が近付いてきたため、被申立人はやむをえず本件命令を発布したものである。)および本件申立てが本件是正命令の最終期限日である昭和四七年七月一八日に至つてようやく提起されるに至つたことなどによつても明らかなところである。
2 申立人らには回復困難な損害がない。
およそ、回復困難な損害とは、行政処分の執行によつて生ずる関係者らの個人的損害ないし個人的利益に関連することを必要とし、さらに、行政行為が公定性および実効性―自力執行力―を持ついわれを考えれば、行政行為の執行停止の要件としての回復困難な損害とは当該行政行為の執行によつて生ずる個人の権利の侵害のおそれと、執行を停止することによる行政の停廃などによる公益の阻害との比較衡量のうえ検討されねばならない問題である(熊本地裁昭和三九・六・三決・行政裁判例集第一五巻六号一〇四四頁)。
しかるに、申立人らは、行政の停廃などによる公益の阻害、すなわち後述するような、巨大な木材および波力による護岸破損その他の危険について、何ら考慮を払うことなく、ただ単に旧中川を不法に占用して得た莫大な利益が本件是正命令の執行によつて阻害され、営業困難となるという、自己の都合のみを主張しているに止まつている。
ところで、申立人らが得ていると主張する莫大な利益とは、前記第二本件処分の適法性について述べたとおり、旧中川を違法に占拠することによつて(旧中川に一時占用許可を有していた時期においてさえ、占用を許可された面積をはるかに超えて不法占用を続けてきた)得た利益にほかならないわけであるから、このような不正の利益と護岸破損の危険性を防止するという公益上の利益とを比較すれば、申立人らには回復困難な損害が生ずるとの主張に全く理由がないことは明らかである。
また、仮りに、本件是正命令の執行によつて申立人らになんらかの損害が生ずることがあるとしても、その損害は到底回復し難い損害とはいえない。すなわち、すでに第一事件の経緯において述べたとおり、申立人らが従前占用許可を得ていた竪川において、再び占用許可の申請をするならば、右申請は認められるであらうことは、被申立人が再三説明してきたところであるから、旧中川の使用ができなくなつたとしても、そのため申立人らが直ちに営業上困難におちいることはあり得ないのである。
また、申立人らが受けるであらうと称する損害は、終局的には金銭賠償の可能な範囲に止まる損害にすぎず、社会通念上、金銭では填補されないと認められるような著しい損害が生ずるものとはとうてい予想することはできない。かかる損害が仮りに発生するものとしても、申立人は、別途その責任を損害賠償として請求することが可能であつて(同趣旨、最高裁昭和二七・一〇・一五大判民集六巻九号八二七頁、例集一〇号二三〇頁、名古屋高判、昭和二九・二・一一例集五巻一一号二七六頁、東京高裁昭和四一・五・六決・行裁集一七巻五号四六三頁)、行政事件訴訟法にいう回復の困難な損害には当らない。
第五本件処分の執行停止は、公共の福祉に重大な影響をおよぼすおそれがある。
一 旧中川流域地帯の特殊性
申立人らが木材筏のけい留場として使用している旧中川の流域はいわゆるゼロメートル地帯と呼ばれ、(乙疎第二二号証A・P・ゼロメートル以下の土地のことで、東京湾の干潮面は、ほぼA・P・ゼロメートルである。)江東区、江戸川区、墨田区の三区にまたがり、その面積は三〇、八平方キロメートルにおよんでいる。この地域は人口の密集した過密地帯であつて、旧中川の満潮時には付近一帯の土地は、水面下約二・五メートルにもなる底地帯である。
したがつて、かりに旧中川の護岸が決かいした場合、付近一帯は、水没し、多数の人命、財産が危険にさらされることになる。過去の例をみても、昭和二四年八月のキテイ台風の襲来の際、旧中川の護岸は一瞬にして決かいし付近一帯は、長期間にわたつて侵水し、鴨居付近まで水没した家屋も多く、住民は重大な被害をこうむつた(乙疎第一八号証一~三)。
また、現在の時点で旧中川の護岸が決かいした場合の被害は、侵水面積一一・六四平方キロメートル、被害世帯八三、八二六、被害人口、二四二、七六二名が想定され、決かいによる被害の甚大さがうかがわれる(乙疎第一三号証)。
二 旧中川の堤防の強度
ところで旧中川は、護岸延長一〇、七二〇メートル、川幅平均九〇メートルと内部河川のうちでもとくに川幅が広く、しかも東南に曲りくねつて流れているので風波(特に台風の場合)による影響が強い。また旧中川は、ゼロメートル地帯を貫流しており付近の地盤は地質が軟弱であるうえ地下水のくみ上げ等により沈下が激しく、したがつて護岸堤防も年々沈下しておりそのためこれまで数回にわたり堤防の補強嵩上げ工事を行つてきている。これら護岸の厚さは、三五センチメートルから五〇センチメートルと、場所によりまちまちでしかもその高さは、水門閉鎖状態における最高水位と護岸高の差でみると五八センチメートルから九二センチメートルと僅かな差となつており、頑強な護岸とはいえないものである(乙疎第二号証)。
また、前述したように、満潮時には水面が地表面より二・五メートル高くなるので堤防には極めて大きな水圧が加わることになる。とくに強い地震の際には危険が予想される。
たとえば、都ならびに日本河川協会が旧中川の地域による護岸えの影響について行つたその強度調査によると、大きな地震が発生した場合、護岸の決かいの恐れがあるという結果がもたらされている(乙第一四号証)。
特に台風などの出水による氾らんと堤防の決かいの危険性は、さきにのべたキテイ台風時の経験を含めて、しばしば問題となつており、強震や、台風に対処しうるには、旧中川の護岸は、その強度において必ずしも十分なものとはいえない現況にある。河川管理者はかねてより「江東内部河川整備事業計画」(乙疎第十九号証)により、いわゆるゼロメートル地帯の護岸設備の整備改修に努力しつつあるが、危険箇所が極めて多く、旧中川についても、直ちに、抜本的改善をはかることはむづかしい状況にある。
申立外江戸川区長及び申立外江東区長が申立人らに旧中川の占用許可を与えたものは、筏による旧中川の護岸に対する危険が全然予想されないわけでもないが、竪川の高速道路工事の全期間にわたり申立人らの業務を全面的に停止させるのは酷であるし、また、占用期間も工事完了までという比較的短いものであり、かつ業者らが竪川において占用許可されていたのと同面積程度の占用であれば、特段の事情が発生しない限り河川管理上支障がなく付近住民の安全が保たれると判断したからである。
しかるに、区長らは申立人ら業者の強い要望に押され、被申立人の方針を上回る面積につき占用を許可し、さらに申立人らはすでに述べたとおり区長らの許可面積をはるかに越え使用してきたのである。
三 旧中川筋護岸の木材筏が堤防にあたえる影響
申立人ら昭和四七年六月二四日現在、貯木場として不法に占用している箇所は六ケ所その占用面積五〇、五〇〇平方メートルにわたつており、筏を組成する木材も直経一、七メートル、長さ一〇メートル、重量二〇トンにおよぶものが少なくない(甲疎第一号証乃至二号証、乙疎第九号証、乙疎第一六号証参照)。
すでに一でのべたとおり、この地域は、年々地盤沈下(年間約一〇センチメートル)がはげしいので、旧中川護岸は、これまで数回にわたり積上げ方式により補修されているため、ぜい弱で木材筏の護岸への影響、とくに台風などの強風時の筏が堤防にあたえる衝撃については、護岸の損傷を起しかねない状態にあり非常に危険である。
たとえば、昭和三四年九月の伊勢湾台風時に名古屋港でおきた筏の衝撃による防波堤の決かい及び散乱して暴れ出した木材による甚大な被害については、いまだ世人の記憶に新しいものがある(乙疎第一五号証)。
都が日本建設コンサルタント株式会社に委託した「旧中川筋護岸の筏衝撃に対する安定調査報告書」(乙疎第一六号証)によれば、風速二五メートルの強風が吹いた場合、それに伴なつて発生する波力により、けい留されている筏は護岸に強い衝撃をあたえ、大部分の護岸が損かいするという調査結果がもたらされている。
四 申立人らのこうむる損害と執行停止により影響をうける損失との比較
すでに第一事件の経緯でのべたとおり、竪川での筏の係留は、申立人らの主張するように全く不能なものでは決してなく、多少の使用上の不便はあつても十分使用にたえるものであり現に復帰して作業中(第二処分の適法性参照)の筏業者も存在しており、使用の可能性は立証されている。竪川は川幅が旧中川よりはるかに狭く、かつ護岸部分の地質が良好なのでここに筏を集中しておけば災害時においてもずつと安全なのである。
かりに執行の停止により現状のままの状態が継続された場合、とくにこれから台風シーズンを迎える時期において、すでに三でのべたとおり台風などによる筏の影響と何時発生するか予測できない地震に対し、非常に大きな現実の危険が予想され、ひいては地域住民の生命財産に重大な危険を招来しかねないものとなる。幸いにしてこの数年間、台風の東京直撃がなかつたのであるが、今後直撃がないという保障は少しもなく、とくに今年は台風の当り年といわれており、おそくとも二百十日ころ迄に旧中川内の筏を除却し、万全の準備体制を敷く必要がある。
また筏の撤去については不安におののく地域住民多数からも都区をはじめ関係方面にしばしば陳情(乙疎第一七号証の一~三)がなされている。筏の不法居すわりは現実に、地域の住民に大きな不安と怒りを呼びおこしているのである(乙疎第一八号証の一~四)。
したがつて、申立人らの利用上の多少の不便さによる損害と、すでにのべた起りうる災害による地域住民の生命にたいする危険とを比較するならば、旧中川の筏は早急に撤去されねばならないことは論議の余地のない事柄というべきである。
五 以上のとおり、本件につき執行停止決定がなされると多数の地域住民の生活と生命に不安と危険をもたらすことになるのであるから、公共の福祉に重大な影響がある。